長野総合車両センター鉄道フェスタと長野電鉄屋代線・2000系記念乗車




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この記事は2010年09月25日の話です。
2017年08月19日に執筆しました。


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↑こちらの記事の続きです。

長野総合車両センター鉄道フェスタ

会場に到着しました。
入口では専用のバルーンアーチ?がお出迎え。
なかなかの気合いの入りようだなと思えます。

車両基地とあって普段見られないような車両も多数いました。
キハE200形は小海線の車両なので長野駅付近で見るのは難しいです。
そんなキハE200形も応援にかけつけていました。

その隣にいたクモユニ143の内部です。
かつては郵便車として活躍した車両。
郵便車は日本郵政が保有している車両だったこともあって、
ほとんどが解体されて存在しません。

 

クモユニ143は荷物車との合造だったことから国鉄保有だったの
生き残ったのでしょう。
現在は職員輸送や入れ替えで使われているとのことで、
しっかりと車籍残存の車両のようです。

工場内部では千葉支社へ転属させる209系の改造が実施されていました。

長野総合車両センターといえば車両の解体でも有名です。
廃車になった車両はこちらで解体されます。
209系によって千葉から追い出された113系が解体待ちでした。

車両基地ではお馴染みのトラバーサー。
車庫見学では何度も見ているので珍しさはないですね。
ただし、このときはイベント中であり工場は休み。

 

車庫見学をするときは作業中を見せてもらうことがあるので、
トラバーサーに乗ることはできません。
トラバーサーに乗ることができたのは大きかったですね。

トラバサーの給電はここからしていると見られます。
電線が3本なので三相交流による受電で動くのでしょう。
新交通システムの動かし方とおそらく同じです。


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長野総合車両センターでは乗務員の訓練シミュレーターもありました。
こちらは運転用のシミュレーターです。

こちらは車掌用のシミュレーターです。

須坂駅2000系展示会へ向かう

長野総合車両センター鉄道フェスタを一通り見終えた後は、
タクシーで柳原駅へ向かいます。
こちらから長野電鉄へ乗り換えて須坂駅へ。

柳原駅は現在(2017年)新築されて新しくなっていますが、
当時(2010年)は趣のある駅舎でした。
これぞザ・田舎駅という印象です。

須坂駅では2000系の展示が行われていました。
対象となったのはA編成です。
登場時の姿ということで選ばれたのでしょう。
デビュー当初はこんないろだったのですね。

展示時間が終了した後は車庫へ戻ってきました。
このときD編成の横付けとなるよう留置。
2000系は2編成とも運用されていないようでした。

 

2000系のA編成は登場時の塗装に戻されているだけではありません。
2000系は後にスカートの設置がされています。
A編成はスカートの撤去も行われているので本当に登場時の姿です。

長野電鉄屋代線記念乗車

このあとは屋代線でしなの鉄道屋代駅まで乗車。
屋代線も廃止バス転換が決定していたこともあり、
記念乗車となりました。
なぜか画像が1枚もありません…

 

屋代駅到着後はすぐにしなの鉄道の長野行きが来たので、
そちらに乗車して再び長野駅へと戻りました。

長野駅→湯田中駅(長野電鉄長野線)

長野駅に戻るとすぐに長野電鉄長野駅へ移動。
ここでようやくお目当てである2000系D編成に乗車します。
乗車するのは特急湯田中行きです。

2000系の車内は転換クロスシートだと思っていたのですが、
実は集団見合い型固定クロスシートだったのです。
253系成田エクスプレスと同じ配置となっています。
置き換え対象に選ばれた理由はそれか?

 

運転席後ろにも座席があるのですが、
これがボックス席となっており前面展望ができません。
見た目こそ名鉄5000・5200系ですが室内は違いますね。

終点の湯田中駅まで乗車して初日が終了です。
この日が長野電鉄の初乗車でした。
湯田中駅に到着した時点で長野電鉄完乗です。

 

湯田中駅は少し前まで3両編成はスイッチバックしないと停車できない、
珍しい駅でした。
現在は改良されてスイッチバックは解消されています。
右側のホームは当時の名残。

 

翌日に続く。



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