京阪初代3000系ダブルデッカーと13000系に乗る話【青春18きっぷ2012夏その1】




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この記事は2012年07月28日の話です。
2017年08月13日に執筆しました。


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2012年夏の陣第1回目に選んだのは京阪です。
ちょうど初代3000系テレビカーの引退が報道されたので、
これを機会に乗っておくことにしました。
公式サイトで運用が公開されていたので乗るのも撮影も
しやすかったので良かったです。

 

京阪初代3000系こと8000系30番台は翌年の3月に引退です。
2012年は最後の夏になるということで、
このような記念1日乗車券が販売されていました。
ただ1日乗車券の発売駅は限られており、
JRから乗換駅で直接購入できるのは京橋だけでした。
まず最初に京橋駅を目指します。

京橋駅(京阪本線)→宇治駅(宇治線)

京橋駅で1日乗車券を無事購入したら中書島を目指しました。
目的はデビューしたばかりの13000系に乗ること、
そして宇治線の乗りつぶしです。
交野線と宇治線を中心に運用されていて、
宇治線率の方が高いとの話だったのでこれを機会に宇治線完乗します。

車内広告には初代3000系の引退を告げる広告。
まだ半年先の話ですが、大々的に盛り上がっている感じがします。
京阪を代表する車両だった時期もありましたからね。

13000系の室内はこんな感じです。
特徴はなんといっても吊り手でしょう。
宇治抹茶を意識しているのか抹茶色なんですよね。
座席も抹茶色なので、
宇治線のために生まれた車両という印象を受けます。

まずは宇治駅まで乗り通します。
これにて乗りつぶしの目的は達成しました。
はじめて京阪宇治駅に来たのですが衝撃でしたね。
真上をJR奈良線が通過しているのです。

 

これだと一見すると乗換駅のように見えますが、
JR宇治駅は別の場所にあり乗り換えはできません。
徒歩圏内であるため駅が設置されることはないでしょう。

 

すぐ横は宇治川が流れています。
京阪が意地でも宇治川を渡りたくなかったということが伝わってきます。
昔は鉄道敷設で橋を建設するのはできるだけ避けたい傾向があったようです。
主要幹線の旧線を見ると川沿いをクネクネしながら通っていましたからね。

宇治駅→木幡駅(宇治線)

その後は木幡駅(こわた)へ行きます。
木幡駅で下車した後はJR木幡駅(こはた)まで向かいます。
すでに有名な話ですが木幡駅前には京都アニメーションの本社があるわけです。

事前に聞いた話だと普通のアパートだという話だったので、
実際に見に来たら…
確かに普通のアパートでした。

ポスターが貼ってあるのでかろうじて分かると言った印象です。

このあとクリプトン・フューチャー・メディアの本社にも行くことに。

木幡駅(宇治線)→八幡市駅(京阪本線)

木幡駅(こわた)で降りた目的はそれだけだったの戻ります。
ちょうど13001Fが宇治行きとして出ていくところでした。
13000系は新造車ですがパンタグラフは廃車発生品を流用しているので
下枠交差だったりします。
パンタグラフを流用するとどれくらいのコストカットになるのでしょうか。


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中書島駅に戻る途中で13002Fとも離合。
この日は第1・2・4の4編成が運用に付いていました。
残りの1編成は10000系だったと思います。

中書島駅から八幡市駅に向かいます。
八幡市駅は急行停車駅ですが、
日中は運用がないため普通列車で向かいます。
ちょうど塗装変更の真っ最中だったので、
このような新旧混色編成を見ることができました。

 

13000系のパンタはこの2600系から流用らしい。
流用先から流用元への乗り継ぎ。

 

八幡市駅に来た目的は最後の未乗区間である男山ケーブルに乗ること。
と、その前に時刻表では京阪初代3000系の通過時間だったので、

動画撮影をしておくことにします。

八幡市駅→男山山上駅(鋼索線)

鋼索線に乗って終点の男山山上駅を目指します。
車両は京阪旧特急カラーをまとっていました。

ケーブルカーに乗車するのはこのとき以来かなと。
約2年ぶり。

 

最大勾配206‰だそうです。
立山黒部アルペンルートのケーブルに比べたら勾配は、
全然緩いといえます。
車両の傾き加減も全然違いますからね。

そして男山山上駅へ。
これにて京阪電気鉄道は完乗となります。

八幡市駅→淀屋橋駅(京阪本線・鴨東線)

京阪電気鉄道を完乗したあとは淀屋橋駅へ向かいます。
京阪初代3000系のダブルデッカーに乗るためです。
運用は分かっていて事故があって乱れている分けでもないため、
予定通り京阪初代3000系が入線してきました。

京阪初代3000系ダブルデッカーに乗車。
運良く進行方向の座席を確保することができました。
京阪初代3000系(8000系30番台)のダブルデッカー車は
集団離反型クロスシートなので半数が進行方向逆向きに座ることになります。
2階席の進行方向窓側は競争率が高いのです。

このあとは出町柳駅まで乗車して東福寺駅まで戻り、
JRに乗り換えて終了です。

京阪初代3000系は富山地方鉄道で乗ったので、
本家があとになってしまいました。
というより1編成だけ生き残っていることを知ったのはこのときだったり…
乗り納めができたのでよかったかなと思います。



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